2013年8月31日 (土)

成熟化社会における経営者の美意識について

 大量消費の時代が終了し、現代は物がありふれた成熟化の時代である。話は少しそれる

ブランド物でLVとエルメスで個人差はあるが、私はエルメスが好きである。と言っても買い

あさってないですよ。(勘違いなさらずに。。。)もっといえばエルメスの経営に共感出来る。

日本一の繁華街、東京銀座のエルメスのショップに皆様足を運んで下さい。CSの勉強が

タダで出来ます。チーフの年配の方の対応が素晴らしい。また足を運んで話を直接聞きたい

ものである。何回も言うが、勉強のためにね!

 さて本題に、私は数年前全国の有名な旅館に実費でおもてなしを学ぶ為に旅をしたことが

ある。その中で印象に残ったのが湯布院、亀の井別荘と京都俵屋旅館である。

 亀の井別荘は前もって前オーナーであるカリスマ経営者中谷健太郎氏にアポイントを

とっていたのでオーナー自らが全館ご案内していただいた。素晴らしい経営者である。

私みたいなものが語るのおこがましいので敢えて詳しくは述べないようにする。

 さてもうひとつの旅館、京都俵屋旅館であるが、こちらもいろんな方がブログで書いて

いるので控えることにする。

 私見であるが、この二つの旅館に共通するのが、清潔感、時代に沿った経営、まさに

成熟化した現代にマッチした素晴らしい旅館であるということである。

 そこにはわざとらしくなく、さりげなさのあるそして何よりも経営者の「美意識」がひしひし

として痛烈に伝わってくる。またそれがオーラを醸し出すのである。日本旅館の誇りとも

いえる。精神的な価値というのは、こういう事であると実感した。

 私事であるが、私は毎日墓掃除を早朝欠かさないでいる。当たり前と思うかもしれない

が、私のこだわりである。お墓という所は参拝者がご先祖様に会いに来る場所であり、

過去、現在、未来が一緒になる聖域と思っている。常に綺麗に、一枚の葉っぱも落ちて

ないように徹底的に掃除をする。その状態になって初めて安心してお参りに来ていただけ

ると思っている。

 前述の俵屋旅館の代表、佐藤年さんが著した「俵屋相伝」という本を先日、目にし、中身

の一部にこう書いてあった。「掃除はおもてなしの根っこと考えている」と。やはり自分の考え

は間違ってなかったと非常に感銘した。

これからの成熟化した時代においては、物の価値よりも、精神的な価値を満たすことが

大切であると思う。先のエルメスしかり、俵屋旅館しかり、我々の寺院業界もそうである。

あぐらをかくことなく、常に謙虚に学び、その中に美意識を取り入れ、五感をフルに使い、

道元禅師の言葉である「感応道交」するお寺を作り、社会そして人々に貢献していきたい。

 

 

 

 

 

2013年5月21日 (火)

「自分商店」

先日、ある奥様にブログ最近更新してないですね~。と言われ、えっ見てくれてたんや!と

思い気まぐれに更新。

最近注目している飲食業の経営者の本をよんでいると、こう書いてあった。

「人は誰でも「自分商店」の店主だ。自分ブランドのオーナーだ。~ビジネスパーソンもみな

自分は「自分商店」の店主なのだと意識したほうがいい。~「いい仕事」は自分の評価で決ま

るものでない。まわりの人に評価されて、はじめていい仕事となるのだ。~まずは自分商店

を流行らせるために何をすべきか考えよう。~自分に技術や人間力があれば人は自然と

寄ってくる」

道元のいう「万法すすみて自己を修証する」と同義である。七百五十年以上前の言葉が

現代に通じている。道元は非常に直線的な性格でとても魅力を感じる。

そういえば、SBIホールディングスの北尾吉孝氏もその人に見合った人間力が縁を呼び

込むと言っていた。

 この本の著者のお店にも足を運び、オーナーさんにも逢え、実際に大盛況であった。

自身も「自分商店」が確立されるよう、人間力を磨いていきたい。

 

2012年8月27日 (月)

三つの「ん」

運を高めるには三つの「ん」が大切であるとある本に書いてあった。
一、勘
二、縁
三、恩
この三つの「ん」を大切に心掛けることによって運が高まっていくという。
運は運ばれてくるから「運」と書くと。
忘れずに心掛けたい。

2012年8月 4日 (土)

多逢聖因 縁尋機妙

 人生はすべて縁から始まり、いろんないい縁を結んでいくと、それがいい結果につながる。

尊い縁を大切にしていくと、良き縁がさらに良き縁を訪ねて発展していく。その様が誠に機妙

であるという意味である。

 先日いつもお慕いしている住宅会社社長のYさんのご紹介により、外食産業のオーナーさ

んをご紹介いただいた。オーナーさんSさんは市内で数店舗、海外で数店舗を経営されてお

り、連日盛況である。わたしは、数回会い先日個人的に食事をさせていただいた。何が他の

店舗との差別化を図っているのかを、数時間のうちに私なりに分析してみた。

 一、価格競争せずに品質にこだわる。

 二、店舗の空間はもとより、従業員満足度を高めている。結果顧客満足につながる。

 三、人の心を何よりも大切にし、従業員は誇りをもって仕事に従事している。

お店については、まだまだ書きたいことがあるが次にオーナーさんご自身について、私は

四つの優れているところを感じた。

 一、ビジョン・・・数年先の目標を設定すること。

 二、ミッション・・・目標の実現に向け計画し、整理すること。 

 三、アクション・・・実際に行動すること。

 四、パッション・・・情熱

私は、経営者にはこの四つが大切であり、Sさんは全て持っていることを直感した。

YさんもSさんも経営はもとより、非常に人間通であり、尊敬する。これからも実社会の兄貴

として二人を慕い続けていきたい。まさに「多逢聖因 縁尋機妙」である。




 

 

 

2012年2月29日 (水)

「正法眼蔵」~現成公案

 正法眼蔵とは曹洞宗の開祖道元禅師が著わした書物である。その第一巻に「現成公案」


という巻がある。その中の文で私が大変好きな言葉がある。


「自己をはこびて 万法を修証するを 迷とす 万法すすみて 自己を修証するはさとりなり」


自分が主体となってものごとを実証するのではなく、まわりが自己を実証することが大切と


いうことである。人間関係あるいは経営的にも解釈出来る言葉である。


この言葉が理解出来ないと、混沌とした世の中でこれから先生き残っていくのは難しいで


ろう。

2012年1月18日 (水)

「一途一心」

 月刊購読している「致知」という本に今月は一途一心という特集があった。         


「一途一心とはひたすら、ひたむきということである。一つ事に命を懸けること、ともいえる。


あらゆる道、あらゆる事業を完成させる上で、欠かすことのできない心的態度である。物事


の成就はこのコア(核)なくしてはあり得ない」~致知2月号より


一途一心~われわれの世界でいうと道元禅師の「只管打坐」に通じる。道元は禅の世界


だけでなく、様々な方面からも注目されている。永平門下として私は道元を尊敬するとと


もに、誇りに思う。しかるに、「禅と社会経済→ビジネス」は一如の精神でないといけないと



私は説く。


一途一心~只管打坐の精神を現実に生かし、本年もフル活動していきたい。

2011年12月31日 (土)

惜陰の心

 幕末の儒者、佐藤一斎は「昨日を送りて今日を迎え、今日を送りて明日を迎う。人生百


年此くの如きに過ぎず。故に宜しく一日を慎むべし。」                     


「昨日を送って今日を迎え、今日を送って明日を迎える。人の一生は、たとえ百年過ごした


としても、この繰り返しである。だから、その日一日を大事に過ごさなければならない」とい


っている。                                                      


 陶淵明の「勧学」に「盛年重ねて来たらず 一日再び晨なり難し 時に及んで当に勉励


すべし 歳月は人を待たず」とある。  


 来る年は一日たりとも時を無駄に過ごさず、学び、そして常に前進の一年でありたい。

2011年12月19日 (月)

社会的責任

 「競争の戦略」で有名なマイケル・ポーターが説く「コストリーダーシップ」「集中」「差別化」は

非常に参考になる。また氏は企業の社会的責任を次のように述べている。「CSRで社会は

変わらない。これからはCSVだ」という。CSVとは「クリエーティング・シェアード・バリュー」の

略称で共有価値の創造という意味らしい。今までのCSRは目的、手法が善行、慈善行為に

対し、CSVは経済的・社会的便益、企業と地域が協力するというものである。この行いを通

じ長期的な成功を目指すということらしい。新しい方法であると語る。

いずれにせよ、大切なのは本業につながるCSR活動である。文字や形だけで、表すのは

簡単であり、口先だけでなく実行出来るよう、「知行合一」の精神で社会的責任を果たした

い。

2011年12月 3日 (土)

広告とブランディング

土曜の朝、毎週のごとく広告をたくさん見る。まったく目に止まらない。企業側の意図がみえ

みえである。顧客と信用を広告による情報発信だけに頼っているのであろう。

P・コトラーによれば「広告は主として製品を認知させるものであり、ときとして製品知識を与

えるが、製品の嗜好を高めることは少なく、購買の引き金になることはめったにない。広告

だけでは成果があがらないといわれるのは、このためである」

「最も効果的な広告は、満足した顧客によってなされるものなのだ。顧客ロイヤルティが高

まれば、広告に要する費用は減少する。~ついでながら、広告に惹かれて買いにくる人の

なかには、安ければどこでもよいという人が多いことも付け加えておこう」

「マス広告の影響度や有用性は今後低下していくのだろうか。おそらく、そういうことになる

だろう。人々は広告に対して、いっそう醒めた態度をとり、注意を払わなくなってきている」

「ブランドはいかにして確率されたのだろうか。広告がブランドを築き上げると考えるのは

誤りである。広告はブランドに対する注意を喚起するものにすぎない。」

さてこの通り上手くやっている企業は、小売業界では、フランフランが思いつく。高島氏も

マス広告を否定し、最大の広告は店舗であり、顧客であると断言している。サービス業で

は、京都の俵屋などは素晴らしいマーケティングだと思う。

いずれにせよ広告に目一杯に自社のアピールする時代は終わった。時代に変化出来る

人間を目指し、それと同時に一番大切な人間性を高めていきたい。

2011年11月25日 (金)

「寧静致遠」

充電期間も終わり?、久々の更新である。さて何をしていたかというと、中国古典を読あさ

り、まさに心の充電をしていた。その中でぐっときた私の好きな言葉に「寧静致遠」という葉

があり、この言葉は、諸葛孔明が息子に宛てた遺書の中にある。「それ君子の行いは、以

て身を修め、倹以て徳を養う。澹泊に非ざれば、以て志を明らかにすることなく、寧静にざ

れば、以て遠きを致すことなし。~中略~年は時と与に馳せ、意は日と与に去り、遂に枯

落を成し、多く世に接せず。窮慮を悲しみ守るも、将た復た何ぞ及ばん。」

「人の上に立つ者となるべき行いは、じっくりと構えて自分を練磨し、何事にもよらず控め

に振る舞い、人の模範となる行動を身につけることである。私利私欲があれば志は明らか

に出来ないし、それを保ち続けていくことは出来ない。ゆったりと落ち着いた気持ちでない

と遠大な境地を成すことは出来ない。時が経つのは早く、あっという間に歳をとる。それと

ともに気力、体力ともに衰えて、世の中の関わりも少なくなる。そうなってから慌てても、仕

方がない。」

素晴らしい言葉である。人間力を磨くならば、中国古典にそのすべてのヒントがある。俗

に、先生と呼ばれている者。また夜朗自大の者。はたまた、群れることでしか発言行動出

来ない者。個人でもって、よくこの言葉を噛み締めて参究すべきである。

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